「AIを使う医師」から「AIを使いこなす医師」へ―欧州神経学会が始めたAI教育

人工知能(AI)は,脳神経内科診療を大きく変えつつあります.印象深い論文が相次いで報告されており,2回連続でご紹介したいと思います.今回は教育,次回は研究の方向性に関する論文です.

画像診断,脳波解析,予後予測,文献検索,診療記録作成など,すでにさまざまな場面でAIの利用が始まっています.一方で,AIをどのように安全に使うのか,AIへの依存によって医師自身の能力が低下しないのかという問題があります.この課題に対応するため,欧州神経学会(European Academy of NeurologyEAN)は「AI in Clinical Neurology Task Force」を設置し,その目的と活動方針をEuropean Journal of Neurology誌に発表しました.私もEANの学会員であり,論文を自由にダウンロードできますので読んでみました.

注目されるのは,Task Forceが脳神経内科医だけでなく,専攻医,医学生,データサイエンティスト,倫理学者,規制の専門家,患者代表から構成されている点です.AIを単なる技術の問題としてではなく,臨床,教育,倫理,法律,そして患者の視点を含めて考えようとしています.

まずTask Forceは,AIが脳神経内科診療にもたらす可能性を整理しています.脳卒中ではCTMRIから病変や主幹動脈閉塞を検出し,てんかんではEEGから発作活動を自動検出できます.神経変性疾患では,画像,バイオマーカー,臨床情報などを統合して,早期診断や予後予測を行うことが期待されています.また生成AIや自然言語処理(natural language processingNLP)は,文献検索・要約,診療記録作成,患者・家族への情報提供にも利用できます.ちなみに自然言語処理とは,人間が使う文章や会話をコンピュータが解析・生成する技術のことです.

つぎにAIの問題点を整理しています.AIには学習データの偏りによるbias,他の施設や患者集団では性能が低下するgeneralizability,判断根拠が分かりにくいblack box,もっともらしい誤情報や存在しない文献を生成するhallucinationなどの問題があります.この論文で特に問題視されているのが,deskilling」と「upskilling inhibitionです.これは過去にもブログで取り上げたことがありますが(https://pkcdelta.hatenablog.com/entry/2025/08/31/041744),deskillingとは,AIへの依存によって医師がすでに身につけた診断能力や臨床技能を失ってしまうことです.一方,upskilling inhibitionとは,AIが容易に答えを示すため,新しい知識や技能を自ら身につける機会が減ってしまうことです.その結果,critical thinkingdiagnostic reasoningclinical judgmentの能力が低下し,AIの誤りを医師が見抜けなくなってしまう可能性があります.こうした傾向は今後さらに強まるのではないかと危惧しているベテラン医師は私も含め少なくないのではないかと思います.

この問題は,脳神経内科では特に重要だと言っています.私たちは病歴,神経診察,画像,電気生理検査,バイオマーカーなどを統合し,責任病変や病態を推論したうえで診断をします.AIの性能がいくら向上しても,人間側の臨床推論能力を維持する必要があります.そこでEANが重視しているのが,AIを遠ざけることではなく,むしろAIについて体系的に学び理解することです.

Task Forceでは,医学生から専攻医,専門医,さらに生涯教育までをつなぐAI教育体系の構築を目指しています.AIの基本原理だけでなく,臨床応用,biasoverfittingAIが学習データに適合しすぎて,新しい患者や別の施設では性能が低下してしまう現象.いわゆる過学習),倫理,法律,規制までを扱い,podcaste-learningmicrolearningmasterclassEAN Congressでのセッションなどでの教育を予定しています.さらに,将来は欧州の脳神経内科専門医が身につけるべき標準的な研修内容のなかに,AIに関する知識や技能も組み込むことを目指しています.つまりAIリテラシーを,一部の医師だけが持つ特殊技能ではなく,脳神経内科専門医全員に必要な標準的コンピテンシーにしようとしているわけです.

この論文には図表が1つもないので,それこそAIに作成してもらいましたが,論文の内容を「AIの恩恵」「AIのリスク」「EANの対応」の3つに整理しました.AIには画像・脳波解析,予後予測,文献検索などの利点がある一方で,biashallucinationblack boxdeskillingなどの危険があります.その両者の間にいるのが「AI時代の脳神経内科医」です.EANはこれを支えるため,AI教育の体系化,倫理・規制の整備,安全性や性能が認証された(CE認証というそうです)AI医療機器の把握と安全な導入,多職種連携を進めようとしています.Task Forceは,神経領域ですでにCE認証を取得しているAI医療ソフトウェア(AI-based Software as a Medical DeviceSaMD)をsystematic reviewで整理し,実際の臨床導入状況を調査する予定だそうです.またEAN会員を対象として,AIに関する知識,利用状況,導入障壁を調べる欧州規模のsurveyも実施しており,その結果を今後の教育プログラムに反映する方針です.非常に進んでいるなあと思います.

最後に,EANが重視しているのがclinician-in-the-loopという考え方です.in-the-loopは,AIが判断・提案を行う一連の流れの中に人間が入って関与することを意味します.逆にout of the loopというと,人間がその判断過程から外れ,AIがほぼ自律的に判断・実行することになります.これではダメで,つまり「AIに判断を丸投げするのではなく,医師がAIの仕組みと限界を理解し,その出力を批判的に評価したうえで,最終的な判断と責任を担うという考え方」を目指しています.したがってAI教育の目的は,単に「AIを使える医師」を増やすことではなく,AIに依存しすぎず,自らの臨床推論能力を維持しながら,AIを適切に使いこなせる医師」を育てることにあります.ただ,AIが便利になればなるほど,その判断に頼りたくなるのも人間の自然な傾向です.AIを積極的に活用しながら,同時に自ら考える力を失わないというバランスをどう保つかは,決して簡単な課題ではないと思います.日本の脳神経内科専門医教育を考えるうえでも,非常に参考になる論文だと思います.

Accorroni Aet alNavigating the Artificial Intelligence Revolution in Clinical Neurology: A New Multidisciplinary Task Force Within the European Academy of NeurologyEuropean Journal of Neurology202633e70728doi10.1111/ene.70728PMID42627286

難病患者の総合的支援体制に関する研究班 令和8年度夏の班員会議を開催しました!

昨日,「厚生労働省 難病患者の総合的支援体制に関する研究班」の令和8年度夏の班員会議を開催しました.本研究班は,これまでの西澤班,小森班の成果を引き継ぎ,今年度から新たな体制でスタートしています.中山優季先生が作成してくださった図のように,難病医療,在宅療養,地域支援,相談支援など,難病患者さんを取り巻くさまざまな課題に対して,多職種から構成される班員からなる7つのチームを設け,それぞれが連携しながら研究を進めていきます.研究班の目的は,難病患者さんを支える総合的な体制のあり方を研究し,①その成果を用いて政策提言を行うことです.さらに,②難病患者さんやご家族,そして医療・保健・福祉などに携わる多職種の皆さんに実際に活用していただける,指針や手引き,リーフレットなどの成果物を作成することも重要な使命です.

7つのチームは,それぞれ以下のミッションに取り組みます.
A.難病医療提供体制の課題と対策(漆谷 真リーダー)
B.難病遠隔医療・リハビリの課題と対策(新野正明リーダー)
C.地域における難病保健・相談支援の充実(山田 恵リーダー)
D.難病在宅療養支援の充実(中山優季リーダー)
E.難病の災害対策(中根俊成リーダー)
F.難病患者支援における施設間・職種間連携(原口道子リーダー)
G.難病における遺伝ケアの充実(西郷和真リーダー)

昨日の班会議では,各チームから研究計画と現在の進捗が報告され,今後の方向性について活発な議論が行われました.会議の最後には,前班長の小森哲夫先生から,本研究班が難病法制定(2014年成立)以前から積み重ねてきた10年以上の歩みについてお話しいただきました.患者さんやご家族,そして現場の声を拾い上げ,研究を通じて政策へ届けてきた研究班の歴史を振り返り,その役割と意義を改めて共有する貴重な機会となりました.

その大切なバトンを受け継ぎつつ,班員の皆さんと力を合わせて,難病患者さんとご家族のより良い未来につながる研究を一歩ずつ進めてまいりたいと思います.ぜひご支援,ご協力のほどどうぞ宜しくお願いいたします.以下の研究班のホームページより,これまでの成果物や研究報告書をご活用,ご覧いただけます.

研究班ホームページ
https://plaza.umin.ac.jp/nanbyo-kenkyu/

朝日新聞デジタルで「機能性神経障害」を取り上げていただきました.

本日8月22日の朝日新聞デジタル「医療健康アピタル」で,#機能性神経障害(Functional Neurological Disorder:FND)について取材していただきました.

機能性神経障害は,まひ,ふるえ,けいれん,感覚障害,てんかんのような発作など,さまざまな神経症状をきたす疾患です.決してまれな病気ではありませんが,一般の方々だけでなく,医療者の間でも,まだ十分に知られているとは言えません.

歴史的には「ヒステリー」や「心因性」と呼ばれ,ときには「症状を本人が作っているのではないか」と誤解されてきました.しかし,患者さんの症状は現実のものであり,大きな苦痛や生活上の支障をもたらします.現在では,他の病気をすべて除外して診断するのではなく,FNDに特徴的な診察所見を積極的に見いだして診断し,適切な説明やリハビリテーションなどによって改善を目指す疾患と考えられています.

今回,朝日新聞 という多くの方が目にする媒体で取り上げていただいたことを,とてもありがたく思っています.病気について社会の理解が広がることは,これまで「分かってもらえない」という苦しさを抱えてきた患者さんにとっても,大きな意味があると思います.

記事では,高校球児の相談を入り口に,FNDとはどのような病気なのか,どのように診断し,治療していくのかについて,できるだけ分かりやすくお話ししました.

本日8月22日から朝日新聞デジタルで公開され,紙面には9月20日に掲載予定です.この病気について,多くの方に知っていただくきっかけになればと思います.

「右足に力が入らなくなった球児 『古くて新しい』機能性神経障害とは」
朝日新聞デジタル(有料記事です)
https://www.asahi.com/articles/ASV892D06V89UTFL024M.html

 

「任せる」と「丸投げ」は何が違うのか?――勉強になった『コンテキスト・リーダーシップ』

リーダーシップについては,以前から関心を持って学んできました.きっかけは,2018年の米国神経学会(AAN)でLeadership Universityの講義を聴き,「リーダーシップは学び,身につけることができる」という考え方に触れたことでした.今年の日本神経学会学術大会(西山和利大会長)では,AAN Presidentを囲み,若手・女性医師とリーダーシップについて議論する企画が開催され,さらにリーダーシップを体系的に学ぶ教育コースも行われました.AANやMDSなど海外学会の積極的な取り組みと比べると,日本の医療会ではまだリーダーシップ教育への関心は十分に高いとはいえないかもしれません.しかし,少しずつその重要性が認識され,具体的な取り組みも始まっています.リーダーシップを経験則だけに頼るのではなく,ひとつの学問として学ぶことは,組織の発展や人材育成のために,今後ますます重要になると思います.

そんななかで最近読んだ,山口周氏の『コンテキスト・リーダーシップ――「最高の上司」と「最悪の上司」は文脈で決まるhttps://link.amazon/B0258Nhdb)』は,これまで学んできたリーダーシップ論とは少し違う角度から考えさせられる本で,非常に勉強になりました.

最も印象に残ったのは,優れたリーダーと凡庸なリーダーを分けるのは,「行為そのもの」ではないという指摘です.たとえば,「任せる」と「丸投げ」は何が違うのでしょうか? あるいは,「明確で的確な指示」と「マイクロマネジメント」は何が違うのでしょうか? 行為だけを切り取ってみると,その境界を明確に説明するのは意外に難しいものです.

その違いを生むのが,「コンテキスト(文脈)」です.部下の能力や意欲,それまでに築いてきた関係,背景や意図が共有されているか,そしてリーダー自身が信頼されているか.そうした文脈の違いによって,同じ行為が,ある人には「最高の上司」の行為となり,別の状況では「最悪の上司」の行為にもなり得ます.つまりリーダーシップは,「何をしたか」だけで決まるのではなく,その行為が相手にどのような意味として受け取られるかによって成立する.この考え方はとても新鮮でした.

もう一つ印象に残ったのが,「ナラティブ(物語)」の重要性です.人は事実そのものだけで動くのではなく,それがどのような物語のなかに位置づけられているかによって意味を見いだし,行動します.だからこそ,仕事や人生に前向きな意味を与えるナラティブを示し,一人ひとりの物語を組織の大きな物語へと編み込んでいくことも,リーダーの重要な役割なのだと思います.これまで私は,変革型,サーバント型,オーセンティック型など,さまざまなリーダーシップを学び,状況に応じて使い分けることが大切だと考えてきました.本書はそこからさらに一歩進んで,「優れたリーダーは○○をする」といった,あらゆる状況に通用する万能のリーダーシップなど存在しないことを強く意識させてくれました.

さらに,キャリアや職位に応じて,リーダーシップそのものを変えていく必要があることも改めて考えさせられました.職位や役割が変われば,かつて自分を成功させた「自ら判断し,指示し,率先して動く」という強みさえ,時には手放さなければなりません.コンテキストが変われば,求められるリーダーシップも変わるからです.

「何をするリーダーが優れているか」ではなく,「どのような文脈で,その行為がどのような意味を持つのか」.これまでリーダーシップについて学んできたからこそ,この視点はとても新鮮でした.自分自身のこれまでの振る舞いを振り返るきっかけにもなり,多くを学ぶことができました.リーダーシップに関心のある方に,ぜひおすすめしたい一冊です.

 

口をもぐもぐ,舌が勝手に動く――遅発性ジスキネジアと機能性運動障害(機能性口舌常同運動)をどう見分けるか?

抗精神病薬などを使用している患者さんに,口をもぐもぐさせる,舌を動かす,口唇をすぼめるといった不随意運動が出現すると,まず遅発性ジスキネジア(tardive dyskinesiaTD)を考えます.しかし,よく似た運動が機能性運動障害(functional movement disorderFMD)でも生じます.2017年と少し古い論文ですが,両者の鑑別に役立つ興味深い研究をご紹介します.著者は運動異常症の大家,Joseph Jankovic先生らです.

まず用語を整理すると,FMDは振戦,ジストニアなどさまざまな運動症状を呈する広い概念で,その表現型のひとつがfunctional stereotypy(機能性常同運動;FSです.stereotypyとは,反復性で協調され,一見すると目的をもったように見える運動を指します.本研究ではFMD 184例を後方視的に検討し,19例(10.3%)にFSを認めました.その内訳は口舌9例,四肢9例,体幹6例,呼吸筋2例でした.この口舌型は論文中でfunctional orolingual stereotypyあるいはfunctional orolingual dyskinesiaと表記されていますが,実質的には同じ9例を指しています.

ここで重要なのは,著者らが最初から後述する口舌運動の特徴を使ってTDFSを診断し分けたわけではないことです.まずFMDFahn–Williams criteriaに基づいて診断され,そのなかから,突然発症,distractibility,既知の器質性運動障害と一致しないincongruity,説明のつかない改善・増悪など,FMDに特徴的な所見を少なくとも3つ認める症例をFSとして抽出しました.一方,TD群はDSM-5に基づいてすでにTDと診断されていた患者です.そのうえで,FS 19例とTD 65例,さらに口舌型FS 9例とTDによる口舌ジスキネジア50例を比較し,両者を見分けるphenomenologyを検討しました.

FS群では84%が突然発症し,58%で注意を別のことに向けると運動が著明に減少・消失するdistractibilityを認め,84%で説明のつかない著明な改善や一時的消失がみられました.一方,TD群ではこのような特徴は認められませんでした.ただし,突然発症やdistractibility,症状の大きな変動は,もともとFSを診断する際に用いられた所見でもあります.したがって,これらがTDとの比較で大きな差を示したことは重要ではあるものの,本研究によって独立した鑑別指標として新たに証明されたわけではない点には注意が必要です.

むしろ本研究で興味深いのは,診断基準には使用されていなかった口舌運動そのものの違いです.咀嚼するような「もぐもぐ運動」はTD82%,機能性で22%,自分の舌や口腔内を噛んでしまう自己咬傷は64%対0%でした.逆に,口の動きを伴わず舌だけが動く所見はTD 8%に対して機能性44%,異常発話も10%対44%と機能性で多く認められました.また,機能性群はTD群より若年発症で,機能性振戦など他の機能性徴候を伴うことも手がかりになります.表に鑑別点をまとめました.

重要なのは,口唇をすぼめる,舌を突出するといった個々の運動は両者に共通しており,見た目だけでは鑑別できないことです.また,ドパミン受容体遮断薬への曝露歴はTDを考えるうえで重要な手がかりですが,本研究では薬剤曝露歴だけを根拠にfunctionaltardiveかを分類したわけではありません.実際,機能性群にも薬剤曝露歴をもつ患者がいました.したがって,「抗精神病薬を服用している+口舌顔面ジスキネジア=TD」と即断せず,薬剤との時間的関係に加えて,突然発症か,注意をそらすと変化するか,症状が大きく変動するか,さらに咀嚼様運動,自己咬傷,舌単独運動,異常発話などを丁寧に確認することが重要です.

本研究は後ろ向き研究で,とくに機能性口舌常同運動は9例と少数ではありますが,それでも臨床において有用な情報を与えるものです.最重要メッセージは,「薬剤曝露+口舌顔面ジスキネジア=TD」と短絡しないことです.突然発症,distractibilityによる変化,症状の大きな変動というFMDの「陽性徴候」を確認し,さらに咀嚼様運動,自己咬傷,舌単独運動,異常発話などを組み合わせて判断することが大切だと学びました.

Baizabal-Carvallo JF, Jankovic J. Functional (psychogenic) stereotypies. J Neurol. 2017;264:1482–1487. doi:10.1007/s00415-017-8551-7. PMID: 28653211.

その「振戦」,本当に振戦ですか?――ランソプラゾールで生じたミオクローヌス

Tremor and Other Hyperkinetic Movements』誌に,ランソプラゾールによってミオクローヌスが誘発された教育的なVideo Abstractが報告されました.シンガポールからの報告です.

症例は62歳男性.消化不良に対してランソプラゾール15 mg/日を開始したところ,初回服用約6時間後から上肢と頭頸部に不随意運動が出現しました.血算,電解質,腎・肝機能,薬物・毒物検査に異常はなく,ランソプラゾールを中止すると2日以内に完全に消失しました.2カ月後にも再発はありませんでした.

動画では主に両上肢に生じたjerky movement(ピクッ,ガクッとするような急で短い不随意運動)が示されています.一見「振戦」にも見えますが,専門的にはpositive myoclonusnegative myoclonusasterixis)が混在しています(https://vimeo.com/1214492621?fl=pl&fe=cm).positive myoclonusは突然のピクッとする筋収縮で,negative myoclonusは持続していた筋活動が一瞬途切れ,ガクッと姿勢が崩れる現象です.その代表的な臨床型がasterixisで,姿勢保持中に筋活動が一瞬途切れることを不規則に反復し,かつて「羽ばたき振戦」と呼ばれていましたが,実際には振戦ではありません.

negative myoclonusは安静時に眺めるだけでは分からないことがあります.動画や上図のように,両上肢を前方に伸ばし,手関節を背屈させて姿勢を保持してもらうと,手が一瞬ガクッと落ちる動きを不規則に反復する様子を確認できます.したがって「上肢がふるえる」という患者を診察するときには,単に動きを眺めるだけでなく,この姿勢をとらせてnegative myoclonusがないか確認することが重要です.下肢も同様に診察可能です.

著者らは,初回投与から約6時間という時間的関連と,中止後の速やかな改善から,このミオクローヌスはランソプラゾールに対する特異体質的薬物反応(idiosyncratic reaction)と考えています.プロトンポンプ阻害薬(PPI)は一般に安全な薬剤ですが,まれに脳症やミオクローヌスなどの神経学的副作用が報告されています.また,長期使用に伴う低マグネシウム血症を介して神経症状をきたすことも知られていますが,本例では電解質異常は認めませんでした.

Michael S. Okun先生は,Xでこの論文を紹介し,この症例から得られる最大の教訓としてphenomenologyを正確に見極めることを強調しています.jerkyな動きを「振戦」とは区別すること,具体的には規則的か不規則か,突然の筋収縮なのか,逆に筋活動が一瞬途切れて姿勢が崩れているのかを観察することが重要と述べています.さらに,画像検査に進む前に,最近開始・中止・増減した薬剤を確認することも大切だと仰っています.この症例は,「ランソプラゾールでもミオクローヌスが起こり得る」という珍しい副作用だけでなく,すべてのふるえを振戦と決めつけず,まず症候を正確に観察し,薬剤歴を見直すという運動異常症診療の基本を再確認させてくれます.

ちなみにとくに日常臨床で「急にミオクローヌスが出た」ときにまず思い出すのは,セフェピムなどの抗菌薬,オピオイド,抗うつ薬・セロトニン作動薬,アマンタジン,プレガバリン/ガバペンチン,リチウムです.

Kumar RNK, Sharma VK. Lansoprazole-Induced Myoclonus. Tremor Other Hyperkinet Mov (N Y). 2026 Aug 14;16:47. doi: 10.5334/tohm.1236. PMID: 42602919; PMCID: PMC13475527.

図は,Medicina 2024, 60(3), 362; https://doi.org/10.3390/medicina60030362より引用.

一人の女性の振戦との出会いが多発性硬化症を生んだ――CharcotとMarie E Lucの物語

多発性硬化症(MS)をひとつの疾患として確立した人物として,フランスの神経学者Jean-Martin Charcot1825–1893)はよく知られています.しかし,その背景にMarie Elisabethe Lucという一人の女性がいたことは,あまり知られていません.最新号のLancet Neurology誌の「Focal Point」に掲載された“Marie E Luc and Charcot”は,Charcotの診療録や19世紀の文献をもとに,この女性とMSの疾患概念の成立との関係を紹介しています(1).非常に興味深かったので,関連文献とともにご紹介します.

Marie Elisabethe Luc1821年にルクセンブルクで生まれました.1856年,35歳頃に最初の神経症状が出現します.MontmartreからBastilleまでおよそ5 kmを歩いた後,突然,ふらついて歩くようになりました.その23か月後に左上下肢の振戦が出現しました.1860年,LucCharcotの家で使用人として働き始めます.つまりCharcotは診察室だけでなく,日常生活のなかで彼女の症状を長期間観察することになったのです.症状は次第に悪化し,やがて働けなくなったLucは,Charcotが勤務していたSalpêtrièreに入院しました(1).

Charcotは当初,Lucの病気を「paralysis agitans(振戦麻痺)」と考えました.現在のParkinson病です.しかし,観察を続けるうちに決定的な違いに気づきます.Lucの振戦は安静時にはみられず,随意運動を行う際に出現したのです.現在では医学生でも知っている有名な診察のポイントですが,それはCharcotが気づいたものであり,それまで同じ病気と考えられていた患者を鑑別する重要な手がかりになりました(12).

今回の論文のappendixには,この過程を物語る素晴らしい一次資料が掲載されています.図1Lucの診療録表紙です.Charcot自身の筆跡でLucの名前の下にフランス語で「paralysie agitante(振戦麻痺)」と記され,さらにその上に「Sclérose en plaques(多発性硬化症)」と書き加えられています.著者らによると,それはLucの死後,剖検所見を確認してから書き加えられたものです.しかも,Charcotがこの2つの診断を同じ診療録に併記した例は,その後にはないとされています.つまり図1には,Charcotが生前には「振戦麻痺」と診断したLucの病気を,死後に「多発性硬化症」へと考え直した過程が残されているのです.図の下部には診療記録も残されており,年齢は41歳,入院日は18621121日です.そしてLuc18664月に44歳で亡くなりました.

Charcotが剖検した脳と脊髄には多数の硬化病変が認められました.そこでCharcotは,Lucが実際にはParkinson病ではなく,脳と脊髄の双方を侵す多発性硬化症であったことを理解します.その剖検所見をCharcot自身が描いたものが図2です.脳幹と脊髄の病変が描かれており,頸髄では側索を中心に硬化病変が認められ,一部は後索や前索にも及んでいます.単一の病変ではなく,中枢神経系の複数の部位に病変が散在する疾患であることが,この一枚からよく分かります.

さらに興味深いことに,その直後にLucとよく似た症状を呈する別の患者を診察したCharcotは,今度は患者の生前にMSと診断し,その診断は剖検によって確認されました.つまりLucの症例を境に,MSは「死後に病理診断する病気」から,「症候を観察することで生前診断する病気」へと変わったことになります.この過程を詳しく検討したのが,2018年にBrain誌に発表されたBernard Zalc氏の論文です(2).その論文に掲載されたCharcot自身の1868年のMS講義原稿が図3です(※).そこには歩行障害やめまいに続いて,「遅かれ早かれ,決定的に重要な新しい症状が出現する.それが運動時の振戦である」と記載されています.Lucで気づいた「安静時にはなく,運動時に現れる振戦」が,数年後にはMSを見分ける中心的な症候として明確に位置づけられていたことが分かります.

Charcotは,paralysis agitansでは振戦が主に安静時に存在するのに対し,MSでは「振戦は意図的な運動をするとき,あるいは運動しようとするときにのみ生じ,安静時には決して生じない」と整理しました.Zalc氏は,この違いこそがCharcotに「これは二つの異なる病気である」と理解させ,剖検を待たずに患者の症候から鑑別できるようにしたと論じています(2).

この診断法は,その後さらに洗練されていきます.2010年にNeurology誌に発表されたChristopher G Goetz氏の研究では,CharcotParkinson病,MS,さらに水銀中毒による振戦まで並べて比較していたことが示されています(3).Charcot1888年の講義で用いたものが有名な図4ですが,Parkinson病では安静時に振戦が存在し,運動すると軽減します.MSでは安静時には振戦がなく,運動を始めると出現し,目標に近づくにつれて振幅が大きくなります.さらに水銀中毒では,安静時には情動によって誘発される細かい振戦がみられ,運動を開始すると著明に増強します.19世紀末の時点でCharcotは,振戦の特徴を疾患の鑑別に利用していたことが分かります.

 

のちにMSにおける「Charcotの三徴」として知られるようになった眼振,企図振戦,断綴性言語も,こうした臨床観察の積み重ねから生まれました.Charcot150年以上前に見抜いた企図振戦は,現在では,その背景には小脳そのものだけでなく,上小脳脚や視床を含む小脳視床皮質ネットワークの障害が関与し,脱髄に伴う伝導の遅延や神経回路のタイミングの乱れなどが関与すると考えられています.

私はCharcotのファンであり,尊敬していますが,彼が長期間患者を観察するなかで,『この振戦は安静時には出ない』という小さな違和感を見逃さなかったこと,そしてその違和感を剖検病理で検証し,次の患者では生前診断に結びつけ,さらに多くの患者との比較から再現可能な症候学へと発展させたことは素晴らしいと思います.臨床的な観察力と,それを病理所見で検証する姿勢の大切さを,150年以上の時を超えて私たちに教えてくれています.


1
Sanches T, et al. Marie E Luc and Charcot. Lancet Neurol. 2026;25:801

2Zalc B. One hundred and fifty years ago Charcot reported multiple sclerosis as a new neurological disease. Brain. 2018;141:3482-3488.

3Goetz CG. Shaking up the Salpêtrière: Jean-Martin Charcot and mercury-induced tremor. Neurology. 2010;74:1739-1742.

※図3の説明.

Les malades, pour marcher, sont obligés d'avoir recours à un aide, ou de s'appuyer aux meubles, aux murs, etc. Le moindre choc suffit pour leur faire perdre l'équilibre. Cette situation dépend non seulement de la faiblesse des membres, mais encore de l'état vertigineux, ~~de plus en plus fr...~~ ou presque habituel.
B. Deuxième phase. — Tôt ou tard se montre un symptôme nouveau, d'une importance capitale : c'est le tremblement pendant les mouvements.

患者は歩行の際,介助者を頼るか,家具や壁などに身を支えなければならないわずかな衝撃でもバランスを崩すには十分であるこの状態は四肢の脱力だけでなくほぼ日常的となっためまい状態にも起因している
B. 第2期(第2段階) — 遅かれ早かれ極めて重要な新たな症状が現れるそれは動作時の震え(企図振戦)である.