人工知能(AI)は,脳神経内科診療を大きく変えつつあります.印象深い論文が相次いで報告されており,2回連続でご紹介したいと思います.今回は教育,次回は研究の方向性に関する論文です.
画像診断,脳波解析,予後予測,文献検索,診療記録作成など,すでにさまざまな場面でAIの利用が始まっています.一方で,AIをどのように安全に使うのか,AIへの依存によって医師自身の能力が低下しないのかという問題があります.この課題に対応するため,欧州神経学会(European Academy of Neurology;EAN)は「AI in Clinical Neurology Task Force」を設置し,その目的と活動方針をEuropean Journal of Neurology誌に発表しました.私もEANの学会員であり,論文を自由にダウンロードできますので読んでみました.
注目されるのは,Task Forceが脳神経内科医だけでなく,専攻医,医学生,データサイエンティスト,倫理学者,規制の専門家,患者代表から構成されている点です.AIを単なる技術の問題としてではなく,臨床,教育,倫理,法律,そして患者の視点を含めて考えようとしています.
まずTask Forceは,AIが脳神経内科診療にもたらす可能性を整理しています.脳卒中ではCTやMRIから病変や主幹動脈閉塞を検出し,てんかんではEEGから発作活動を自動検出できます.神経変性疾患では,画像,バイオマーカー,臨床情報などを統合して,早期診断や予後予測を行うことが期待されています.また生成AIや自然言語処理(natural language processing;NLP)は,文献検索・要約,診療記録作成,患者・家族への情報提供にも利用できます.ちなみに自然言語処理とは,人間が使う文章や会話をコンピュータが解析・生成する技術のことです.
つぎにAIの問題点を整理しています.AIには学習データの偏りによるbias,他の施設や患者集団では性能が低下するgeneralizability,判断根拠が分かりにくいblack box,もっともらしい誤情報や存在しない文献を生成するhallucinationなどの問題があります.この論文で特に問題視されているのが,「deskilling」と「upskilling inhibition」です.これは過去にもブログで取り上げたことがありますが(https://pkcdelta.hatenablog.com/entry/2025/08/31/041744),deskillingとは,AIへの依存によって医師がすでに身につけた診断能力や臨床技能を失ってしまうことです.一方,upskilling inhibitionとは,AIが容易に答えを示すため,新しい知識や技能を自ら身につける機会が減ってしまうことです.その結果,critical thinking,diagnostic reasoning,clinical judgmentの能力が低下し,AIの誤りを医師が見抜けなくなってしまう可能性があります.こうした傾向は今後さらに強まるのではないかと危惧しているベテラン医師は私も含め少なくないのではないかと思います.
この問題は,脳神経内科では特に重要だと言っています.私たちは病歴,神経診察,画像,電気生理検査,バイオマーカーなどを統合し,責任病変や病態を推論したうえで診断をします.AIの性能がいくら向上しても,人間側の臨床推論能力を維持する必要があります.そこでEANが重視しているのが,AIを遠ざけることではなく,むしろAIについて体系的に学び理解することです.
Task Forceでは,医学生から専攻医,専門医,さらに生涯教育までをつなぐAI教育体系の構築を目指しています.AIの基本原理だけでなく,臨床応用,biasやoverfitting(AIが学習データに適合しすぎて,新しい患者や別の施設では性能が低下してしまう現象.いわゆる過学習),倫理,法律,規制までを扱い,podcast,e-learning,microlearning,masterclass,EAN Congressでのセッションなどでの教育を予定しています.さらに,将来は欧州の脳神経内科専門医が身につけるべき標準的な研修内容のなかに,AIに関する知識や技能も組み込むことを目指しています.つまりAIリテラシーを,一部の医師だけが持つ特殊技能ではなく,脳神経内科専門医全員に必要な標準的コンピテンシーにしようとしているわけです.
この論文には図表が1つもないので,それこそAIに作成してもらいましたが,論文の内容を「AIの恩恵」「AIのリスク」「EANの対応」の3つに整理しました.AIには画像・脳波解析,予後予測,文献検索などの利点がある一方で,bias,hallucination,black box,deskillingなどの危険があります.その両者の間にいるのが「AI時代の脳神経内科医」です.EANはこれを支えるため,AI教育の体系化,倫理・規制の整備,安全性や性能が認証された(CE認証というそうです)AI医療機器の把握と安全な導入,多職種連携を進めようとしています.Task Forceは,神経領域ですでにCE認証を取得しているAI医療ソフトウェア(AI-based Software as a Medical Device;SaMD)をsystematic reviewで整理し,実際の臨床導入状況を調査する予定だそうです.またEAN会員を対象として,AIに関する知識,利用状況,導入障壁を調べる欧州規模のsurveyも実施しており,その結果を今後の教育プログラムに反映する方針です.非常に進んでいるなあと思います.

最後に,EANが重視しているのが「clinician-in-the-loop」という考え方です.in-the-loopは,AIが判断・提案を行う一連の流れの中に人間が入って関与することを意味します.逆にout of the loopというと,人間がその判断過程から外れ,AIがほぼ自律的に判断・実行することになります.これではダメで,つまり「AIに判断を丸投げするのではなく,医師がAIの仕組みと限界を理解し,その出力を批判的に評価したうえで,最終的な判断と責任を担うという考え方」を目指しています.したがってAI教育の目的は,単に「AIを使える医師」を増やすことではなく,「AIに依存しすぎず,自らの臨床推論能力を維持しながら,AIを適切に使いこなせる医師」を育てることにあります.ただ,AIが便利になればなるほど,その判断に頼りたくなるのも人間の自然な傾向です.AIを積極的に活用しながら,同時に自ら考える力を失わないというバランスをどう保つかは,決して簡単な課題ではないと思います.日本の脳神経内科専門医教育を考えるうえでも,非常に参考になる論文だと思います.
Accorroni A,et al.Navigating the Artificial Intelligence Revolution in Clinical Neurology: A New Multidisciplinary Task Force Within the European Academy of Neurology.European Journal of Neurology.2026;33:e70728.doi:10.1111/ene.70728.PMID:42627286.







