患者と医師の関係を変える!―共同意思決定(SDM)から協働意思決定(CDM)へ

第14回日本難病医療ネットワーク学会@函館で,とりわけ印象に残ったのは,東海大学の荻野美恵子先生による協働意思決定に関する2つのご講演でした.恩師の西澤正豊先生に荻野先生をご紹介いただいて以来,臨床倫理学について多くのことを学ばせていただいてきましたが,今回のご講演では,議論がこれまで以上に深まり,多くの医療者が共有すべきと思われることがたくさんありました.とくに印象に残ったのは,患者さんが口にした言葉が必ずしもその人の希望のすべてを表しているとは限らないこと,まだ決める必要のないことを急いで決めさせないこと,医師も「患者の自己決定だから」と責任を回避せず,共に悩み,考えること,そして安易に「共感」や「寄り添う」という言葉に頼らず,患者さんを理解できたと思い込まないことなどです.いずれも,患者さんの自律性を尊重しながら,医療者が一歩踏み込んで「協働する」ことの重要性を問い直すものでした.

こうした学びを日頃の臨床や教育に活かしたいと思い,昨晩,自身が使用している臨床倫理の講義スライドを改訂しました.なかでも,最も大きな見直しが必要だと感じたのが,Shared Decision Making(SDM:共同意思決定)についての説明でした.医療における意思決定は,かつては医師が治療方針を決定するパターナリズム(父権主義)が中心でしたが,現在では患者の価値観や希望を尊重し,医療者と患者が一緒に治療方針を決めるSDMが重視されています.しかし,その理念は広く支持されているものの,実際の臨床現場では必ずしも実践されていないという課題があります.今回のご講演で,荻野先生は,カナダ・トロント大学のAlejandro Jadad先生らが2010年に発表した,SDMをさらに発展させたCollaborative Decision Making(CDM:協働意思決定)という考え方を提唱する論文を紹介してくださいました.恥ずかしながら,私はこの論文を存じ上げなかったため,改めて読んでみました.

著者らは,SDMにはいくつかの限界があると指摘しています.まず,多忙な診療現場では十分な説明や対話の時間を確保することが困難です.また,患者さんも常に積極的な意思決定を望んでいるとは限りません.病状が重くなるほど,自分で決定する負担を避け,医師に判断を委ねたいと考える患者さんもいます.実際,NEJM誌の元編集長で著名な消化器病医のFranz Ingelfingerは,自身が食道胃接合部癌を発症した際,術後の治療方針をめぐって医師仲間から相反する助言を受け,判断に苦しみました.最終的に,信頼できる医師に判断を委ねることで大きな安堵を得たと述べています.この経験は,患者自身が治療方針を決めることだけでなく,信頼できる医師に判断を委ねるという選択も尊重すべきであることを示しています.自分ももし神経難病になったら,きっと自分では判断しないと思います.

著者らは,こうした問題を踏まえ,医療者と患者が協力して健康上の問題を解決するCDMを提唱しています.論文で比較された4つの意思決定モデルを表1に整理しました.従来のパターナリズムでは医師が指示し,患者は受動的に従います.反対に自律的意思決定モデルでは患者が主導し,医師はその希望を受け入れます.いずれも情報の流れは基本的に一方向です.これに対しSDMでは,医師と患者が双方向に情報を交換し,意思決定に共に参加することを目指します.さらにCDMでは,医師は支援者,患者は主体的な参加者となり,双方の知識や経験を組み合わせて新たな理解を生み出し,健康改善に向けた具体的な行動計画を作ります.SDMが治療方針を「一緒に決めること」に重点を置くのに対し,CDMは患者が抱える問題を「一緒に考え,解決していくプロセス」を重視する点が大きな違いです.

この違いを説明するため,著者らはHIV感染症の患者が薬物治療を拒否した場合を例に挙げています.SDMでは,医師が治療の必要性や利益・不利益を説明し,患者と話し合ったうえで,治療を受けないという選択も尊重します.一方,CDMでは,さらに患者が治療をためらう背景を探ります.例えば,HIV感染の診断を受け入れられないことや,薬物治療に対する否定的な感情が原因かもしれません.その場合,問題を「治療するか,しないか」から「治療に対する不安や葛藤にどう向き合うか」へと捉え直します.そして,必要に応じてカウンセリングを受けるなど,具体的な行動計画を共同で作成します.たとえ直ちに治療開始に至らなくても,患者の健康改善に向けて前進できるという考え方です.

CDMでは,医師は医学の専門家であり,患者は自分自身の生活や経験についての専門家であると考えます.双方が学び合い,知識を共同で構築していくことが重要です.ただし,本論文はCDMがSDMよりも優れた臨床転帰をもたらすことを実証した研究ではなく,新しい意思決定モデルを提案した概念論文です.著者らも,SDMとCDMを対立するものではなく,相互に補完するものと位置づけています.

この考え方は,進行性神経疾患や終末期医療において,とくに重要だと思います.例えば,人工呼吸器を装着するかどうかを患者と医療者が一緒に決めることはSDMですが,患者がどのように生きたいのか,何に不安を感じているのか,家族や医療者に何ができるのかを共に考え,継続的に支援することはCDMの考え方に通じます.もちろん,CDMは患者の意思を医療者の望む方向に変えることを目的とするものではありません.

実際の臨床現場でも,こうした協働はすでに行われていると思いますが,SDMとCDMの違いを明確に意識している医療者は,それほど多くないかもしれません.そして今回の荻野先生のご講演のなかに,「患者の自己決定だから」と言って,医療者が関わる責任から逃げてはいないかという言葉がありました.患者の自律性を傷つけることを恐れて踏み込まないのではなく,むしろその自律性を支えるためにこそ,患者さんと共に悩み,考え,行動することが大切なのだと思います.「一緒に決めること」だけで終わらず,「一緒に考え,問題を解決すること」へ. 患者さんと医療者が「戦友」として共に歩むために,その一歩を踏み出す勇気が求められているのだと感じました.

O’Grady L, Jadad A. Shifting from shared to collaborative decision making: a change in thinking and doing. J Participat Med. 2010;2. 

 

リーダーシップを管理職のための学問から,すべての医療者が当たり前に学ぶものへ@日本難病医療ネットワーク学会

函館で開催中の第14回日本難病医療ネットワーク学会(大会長:矢部一郎・北海道大学教授)の教育講演1として「すべての医療者に求められるリーダーシップ―基礎から学ぶその理論と実践―」という講演をさせていただきました.スライドはこちらからご覧いただけます.

私がリーダーシップを学び始めたきっかけは,仲間のバーンアウトでした.日本神経学会にてバーンアウトへの取り組みを開始し,学会員へのアンケートを行って分かったことは,過重労働だけでなく,上司の無理解やハラスメントも重要な原因であるということでした.米国神経学会でもバーンアウト対策として個人のレジリエンスを高める取り組みだけでなく,リーダーシップ教育を行っていることを目の当たりにし,自分もリーダーシップについての勉強を始めました.そして理解したことは,リーダーシップは管理職のためのものではなく,チームの誰もが身につけるべき基本能力であるということでした.

講演では,リーダーシップの歴史や理論,そして実践まで紹介しました.代表的な理論として,変革のリーダーシップ,サーバント・リーダーシップ,オーセンティック・リーダーシップなどを取り上げました.さらに,実践するうえで大切なこととして,相手や状況に応じて自分の行動を変える「コンテキスト・リーダーシップ」や,メンバーが主体的に成長できる環境をつくることの大切さを話しました.

最も伝えたかったのは,リーダーシップは生まれつきの才能ではなく,誰もが学び,身につけることのできる能力だということです.リーダーは役割であって,カリスマ性不要の「ただのコツ」とも言われています.米国神経学会やMDSなど多くの海外学会では,こうした教育が積極的に行われています.役職や年齢に関係なく,研修医でもリーダーシップが求められます.一方,日本では残念ながら,「リーダーシップは偉い人や管理職が学ぶもの」という印象が根強く,その重要性に十分な関心を持っていただけないという難しさがあります.

今回の講演後の質疑応答でも「どうすれば,より多くの医療者にリーダーシップ教育の必要性を伝えられるか?」という議論がなされました.矢部大会長は午後の大会長講演で,「人材育成こそ医療の基盤であり,そのためには早期からのリーダーシップ教育が必要である」というお考えを示され,その思いから今回,私に教育講演1の機会をくださったとお話しされました.同じ問題意識をみなさんと共有する機会をいただけたことを,大変ありがたく心強く感じました.リーダーシップに対する考え方をアップデートし,誰もがリーダーシップを学び,互いの成長を支え合う文化を広めていければと思います.今回の講演が,その一歩になれば大変嬉しく思います.

脳には老化に抵抗する仕組みがある!―内因性カンナビノイド系の機能低下と治療標的としての可能性

脳の老化には,神経細胞そのものの障害だけでなく,脳の健康を維持する仕組みが衰えることも関係しています.例えば,神経細胞の活動を適切に調節したり,過剰な炎症を抑えたりする働きは,加齢とともに弱まります.今回,こうした脳の働きを支える「内因性カンナビノイド系(endocannabinoid system:ECS)」と脳の老化の関係についての総説がNature Reviews Neuroscience誌に報告されています.

ECSは,体内で産生される脂質性のシグナル伝達物質とその受容体などから構成されるシステムです.主な伝達物質は2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)とアナンダミド(AEA)で,CB1受容体とCB2受容体を介して作用します.興味深いことに,大麻にもこれらの受容体や関連する分子に作用する成分が100種類以上含まれています.代表的なのがテトラヒドロカンナビノール(THC),カンナビジオール(CBD),カンナビゲロール(CBG)です.THCはCB1受容体を刺激し,多幸感などの精神作用をもたらします.一方,CBDやCBGにはTHCのような強い精神作用はなく,抗炎症作用や神経保護作用が研究されています.ただし,CBGについては特にヒトでの臨床的な有効性が十分に確立されていません.つまり,ECSは大麻成分が作用する標的であると同時に,もともと私たちの体に備わっている重要な調節システムなのです.

図1は,ECSの仕組みと加齢による変化を示しています.神経細胞では,DAGLαという酵素によって2-AGが合成され,シナプス前終末のCB1受容体に作用して神経伝達物質の放出を抑制します.これは通常の神経伝達とは逆方向に情報を伝える「逆行性シグナル伝達」と呼ばれ,神経回路の活動を安定させます.2-AGは主にMAGLという酵素によって分解されますが,加齢に伴いDAGLαと2-AGが減少する一方,MAGLの活性が増加します.さらにCB1受容体の発現や機能も低下し,神経活動の調節能力が弱まります.アストロサイトによる神経細胞へのエネルギー供給や,ミクログリアによる炎症制御にも影響する可能性があります.

こうしたECSの変化は,老年期に突然始まるわけではありません.マウスでは海馬の2-AGが生後9か月頃から減少し,ヒトの死後前頭皮質でもCB1受容体密度とシグナル伝達効率が10年ごとに約8~10%低下すると報告されています.ECSは海馬や前頭前皮質の記憶・学習機能にも関与しており,CB1受容体を欠損させたマウスでは,中年期から学習・記憶障害が顕著になります.このことは,ECSの低下が脳老化に伴って生じるだけでなく,老化の進行自体に関与する可能性を示しています.加齢に伴うECSの変化を図2にまとめました.

さらにこの総説で注目されるのが,ECSと慢性神経炎症(inflammageing;加齢に伴って生じる慢性的な軽度の炎症状態)の関係です.つまり加齢した脳では,免疫細胞であるミクログリアが炎症を起こしやすい状態になります.ECSは本来,過剰な炎症反応を抑える働きを持ちますが,その機能が低下すると,ミクログリアが炎症促進性の状態に変化しやすくなります.さらに,神経炎症がシナプス機能を障害し,認知機能低下を促進する悪循環につながる可能性があります.

図3は,加齢による脂質代謝の変化が神経炎症を促進するという,特に興味深い仮説を示しています. 加齢によってDAGL活性が低下すると,神経活動を調節する2-AGの産生が減少します.一方,MAGL活性の増加によって2-AGの分解が進み,アラキドン酸が生成されます.アラキドン酸はシクロオキシゲナーゼ(COX)によってプロスタグランジンに変換されます.さらにCOXは2-AGから直接,PGE2-Gなどの炎症に関連する脂質メディエーターも産生します.つまり,加齢によって神経機能を保護する脂質シグナルが減少するだけでなく,炎症を促進する脂質代謝が優位になる可能性があるのです.ただし,この代謝経路の変化が正常な脳老化で実際に起こるかどうかは,今後の検証が必要です.

ECSは神経炎症以外にも,海馬の神経新生,シナプス可塑性,エネルギー代謝,エピジェネティックな遺伝子発現調節などに関与しています.さらに興味深いのは,THCの作用が年齢によって異なることです.若齢動物へのTHC投与は記憶機能に悪影響を及ぼす一方,18か月齢のマウスに低用量THCを28日間投与すると,学習・記憶機能が改善し,海馬の樹状突起スパイン密度が増加しました.さらに,BDNFやKlothoなどの発現が増加し,遺伝子発現パターンが若齢マウスに近づくことも報告されています.これは,加齢によって低下したECSの働きを適切に補うことで,一部の脳老化に関連する変化を改善できる可能性を示しています.

これらを踏まえ,ヒトへの応用も検討されています.アルツハイマー病患者を対象とした低用量THCとCBDの第II相試験では,26週間後に治療群のMMSEスコアが改善したと報告されています.また,パーキンソン病では合成THC類似薬のナビロンによって非運動症状の改善が認められています.ただし,いずれも予備的な結果であり,神経変性そのものを抑制する効果が証明されたわけではありません.現時点では,大麻の使用やTHCの投与を脳老化の予防目的で推奨する科学的根拠はありません.特に,若年者では認知機能への悪影響,高齢者ではめまいや転倒,薬物相互作用などに注意が必要です.

なお,私たちの岐阜大学脳神経内科でも,進行期パーキンソン病患者を対象に,カンナビノイド製剤「エンディミオン」の安全性と有効性を検討する第Ⅰ/Ⅱ相の特定臨床研究を立ち上げました.本研究は名古屋大学臨床研究審査委員会の承認を受け,2026年8月に臨床研究等提出・公開システム(jRCT)に登録・公開されています.現時点では安全性と有効性を検証する段階であり,治療効果が確立されたものではありません.


本総説の重要なメッセージは,脳の老化を神経細胞の損傷の蓄積としてだけでなく,神経活動,炎症,代謝などを調節する仕組みの衰えとして捉えることです.個人的には,ECSの機能低下によって神経保護的な脂質シグナルが減少し,炎症促進性の脂質代謝が優位になるという仮説に特に注目しています.もしECSの機能を安全に維持・回復できるならば,神経細胞の障害が進行する前の中年期から脳老化に介入できる可能性があります.脳の老化を単に受け入れるのではなく,その進行を遅らせるために何ができるのか,今後の研究に期待したいと思います.

Zimmer A. The endocannabinoid system and the ageing brain. Nat Rev Neurosci. 2026. doi: 10.1038/s41583-026-01085-7. PMID: 42888282.

ナルコレプシー治療は『眠気を抑える』から『失われた信号を補う』へ

ナルコレプシー1型は,日中の強い眠気や,笑う,驚くといった感情の変化によって筋力が抜ける情動脱力発作,睡眠麻痺,入眠時幻覚などを呈する疾患です.中心的な病態は,視床下部のオレキシン産生ニューロンが失われることです.オレキシンが欠乏すると,ヒスタミン,ドパミン,ノルアドレナリンなどの覚醒関連神経系の活動が不安定になり,日中の過度の眠気が生じます(図1).

従来の治療は,これらの覚醒関連神経系を刺激して眠気を軽減する対症療法が中心でした.これに対して,新たに開発されたオベポレクストン(oveporexton)は,オレキシン2受容体(OX2R)を直接刺激する経口薬です.失われたニューロンを再生するのではなく,欠乏したオレキシンの信号を受容体レベルで補う,病態に基づいた治療です.今回,その有効性と安全性を検証した2つの第III相試験がNEJM誌に報告されました.

研究にはフランスのモンペリエ大学病院,米国のスタンフォード大学などが参加し,武田薬品の支援で2つの国際共同,二重盲検,無作為化比較試験が実施されました.First Light試験168例では1 mgまたは2 mgの1日2回投与,Radiant Light試験105例では2 mgの1日2回投与を,それぞれ偽薬と12週間比較しました.既存のナルコレプシー治療薬は休薬しており,従来治療への上乗せ試験ではありません.  

結果ですが,主要評価項目である覚醒維持検査(MWT)の改善がみられました.これは,薄暗く刺激の少ない環境で,どれだけ眠らずにいられるかを測定する検査です.図2では,治療前に平均4~6分ほどだった睡眠潜時が,12週後には約19~25分まで延長しています.偽薬群ではほとんど改善せず,偽薬との差は13.8~20.1分でした.図中の水平破線は正常の目安とされた20分を示し,2 mg群では両試験とも平均値がこの線を超えています.  

自覚的な眠気を評価するEpworth Sleepiness Scale(ESS)が正常範囲の10点以下になった割合は,1 mg群で67%,2 mg群で83~84%でした.偽薬群では12~17%でした.情動脱力発作も,治療群では患者ごとの減少率の中央値が79~89%に達しました.幻覚や睡眠麻痺を含む症状の重症度,生活の質も改善しており,眠気だけでなく,複数の症状を同時に改善できたことがポイントかと思います.  

一方,副作用についても興味深い点があります.まず不眠は53~58%に認められましたが,多くは1週間以内に改善しました.不眠はOX2R刺激による覚醒促進作用が夜間にも及ぶことで生じると考えられます.しかし,短期間で改善する理由は明らかではありません.睡眠覚醒回路の適応などが考えられますが,現時点では仮説にとどまります.興味深いことに,日中の覚醒改善効果は12週間維持されており,不眠の軽減を単純な薬効の減弱で説明することもできません.なぜ日中の覚醒促進効果を維持しながら,夜間の不眠だけが改善するのかは,今後解明すべき課題です.

頻尿も53~61%,尿意切迫は14~18%に認められました.オレキシン系は排尿調節にも関与すると考えられますが,原著には尿流動態検査による機序の検証は示されていません.尿量が増えたのか,少量で尿意を感じるようになったのかも不明で,頻尿だけから排尿筋過活動と断定することはできません.また,排尿関連有害事象の約半数が消失したのは12週までの経過であり,「頻尿も1週間ほどで治る」わけではありません.回復の理由も未解明です. 

もう一つの疑問は,視床下部病変などによる症候性ナルコレプシーでも,1型であれば有効なのかという点です.作用機序から推論すると,オレキシン欠乏が主体で,下流のOX2Rと覚醒関連回路が保たれていれば,改善を期待できそうです.一方,病変が広範で下流の回路も障害されていれば,同じ効果が得られるとは限りません.今回の論文では症候性ナルコレプシーを独立した集団として評価しておらず,「理論上は期待できる」と「有効性が確立している」は区別する必要があります. 

モディオダールとの違いも重要です.モディオダールは主として日中の眠気を治療し,添付文書では情動脱力発作などへの効果は認められていないとされています.対して,オベポレクストンでは眠気と情動脱力発作の両方に大きな改善が示されました.ただし,両薬剤の直接比較試験ではなく,モディオダールが効かなかった患者だけを対象にした試験でもありません.そのため,既存薬に対する優越性や,治療抵抗例への効果を断定することはできません.

ここからは論文外の国内情報ですが,本剤は「オーゼイフル」として2026年10月15日に発売されています.国内の通常用量は成人に1 mgを1日2回で,忍容性に問題がなく効果が不十分な場合に限り,2 mgを1日2回に増量できます.したがって,「8割以上でESSが正常化した」という結果は増量用量の2 mg群であり,通常用量の1 mg群では67%だったことにも注意が必要です.

薬剤費も大きな論点です.2026年10月の薬価は1 mg錠が2万2792円で,通常用量から計算すると,薬剤費だけで30日間約137万円,年間約1,664万円になります.これは患者さんの実際の自己負担額ではなく,薬剤費の総額です.費用対効果についての検証が必要です.

私見ですが,本剤は既存治療を適切に行っても眠気によって学業や仕事に支障が残る方,情動脱力発作が頻回の方,複数の症状や治療薬の副作用に苦しむ方では,検討する意義が大きいと考えます.反対に,既存薬で十分にコントロールされている方が,新薬という理由だけで切り替える必要はないのかもしれません.

長期安全性についても検討が必要です.特に興味深いのは,オレキシンとアルツハイマー病の関係です.これまでの研究では,オレキシンは睡眠・覚醒の調節などを通じて,アミロイドβやタウの動態に関与することが示唆されています.また,オレキシン受容体を阻害する睡眠薬によって,脳脊髄液中のアミロイドβやリン酸化タウが減少したという報告もあります.このため,同時掲載された米国エモリー大学のTrotti先生によるEditorialでは,逆にオレキシン受容体を長期間刺激した場合,これらのバイオマーカーやアルツハイマー病の発症リスクにどのような影響が生じるのか,検証する必要があると指摘しています.ただし,現時点で本剤が認知症リスクを高めるという証拠はありません.

オベポレクストンは欠乏した神経伝達を受容体レベルで代償する治療です.神経細胞が失われた後に,残された回路を利用して大きな症状改善が得られたことは重要な成果です.このことは高く評価されるべきですが,同時に,有害事象の機序,症候性ナルコレプシーへの適用,長期安全性,そして費用に見合う患者利益を見極めることが,次の課題だと考えます. 

Dauvilliers Y,Mignot E,Antczak J,et al.Oveporexton for Narcolepsy Type 1 — Results from Two Phase 3 Trials.N Engl J Med.2026;395:1166–1179.doi:10.1056/NEJMoa2601598.PMID:42714024.PubMed

Trotti LM.Targeted Treatment for Narcolepsy Type 1.N Engl J Med.2026;395:1231–1232.doi:10.1056/NEJMe2607491.PMID:42714042.

 

自己免疫性脳炎はひとつの病気ではない!―Dalmau先生らが提唱する疾患別診療への転換

自己免疫性脳炎の研究を牽引してきたJosep Dalmau,Francesc Grausらが,Lancet Neurology誌に重要な論考(Personal View)を発表しました.著者らは,「自己免疫性脳炎」をひとつの疾患群としてまとめて扱う従来の考え方を見直し,抗体ごとに独立した疾患として研究・診療する必要があると提唱しています.個人的には,これはすでに当然の考え方だと思っていましたが,確かに現在も異なる自己免疫性脳炎を一括して解析する研究が少なくないことを考えると,著者らの提言にも納得がいきます.

これまで,抗AQP4抗体陽性視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)と抗MOG抗体関連疾患(MOGAD)は,異なる疾患として分類され,それぞれに適した治療法の開発が進んできました.一方,自己免疫性脳炎では少なくとも17種類の神経細胞表面抗原に対する抗体関連疾患が知られているにもかかわらず,臨床研究では一括して解析されることが少なくありません.著者らは,こうした方法では疾患ごとの重要な違いが見えなくなり,治療効果や予後の評価を誤る可能性があると指摘しています.

著者らはまず臨床像の違いを示しています(図).代表的な自己免疫性脳炎10疾患について,精神症状,認知機能障害,けいれん,運動異常症,睡眠障害,脳幹症状などの頻度をヒートマップで比較しています.抗NMDA受容体脳炎では精神症状や認知機能障害,抗LGI1脳炎では記憶障害とけいれん,抗IgLON5病では睡眠障害や運動異常症が目立ちます.抗GABA-B受容体脳炎ではけいれん,抗グリシン受容体関連疾患では筋強剛やミオクローヌスが特徴的です.同じ自己免疫性脳炎でも,抗体によって症候の組み合わせが大きく異なることが一目でわかります.

さらに,抗体の作用機序も異なります.抗NMDA受容体抗体は主にIgG1で,受容体の内在化を引き起こしますが,この変化は基本的に可逆的です.抗LGI1抗体は主にIgG4で,LGI1の機能を阻害し,Kv1.1カリウムチャネルやAMPA受容体の減少を通じて神経細胞の興奮性を高めます.一方,抗IgLON5抗体も主にIgG4ですが,IgLON5の不可逆的な減少や細胞骨格の変化を引き起こし,タウ蛋白の蓄積にも関与する可能性があります(自己免疫性タウオパチーと呼ばれます).

免疫療法への反応も異なります.抗NMDA受容体脳炎では第一選択治療への反応率は約53%で,約半数がリツキシマブなどの第二選択治療を必要とし,回復には長期間を要することがあります.抗LGI1脳炎では第一選択治療への反応率が50~80%と比較的高く,FBDSなどが数日から数週間で改善することがあります.一方,抗IgLON5病では免疫療法への反応が不十分なことが多いものの,発症後1年以内の治療開始が良好な転帰と関連しています.著者らは,「治療抵抗性」の定義も疾患ごとに検討する必要があると指摘しています.

長期予後にも重要な違いがあります.抗NMDA受容体脳炎の92例の追跡研究では,発症3年以上で91%がmRS 2以下まで回復しましたが,34%に認知機能障害が残存し,30%は復学・復職できませんでした.抗LGI1脳炎でも記憶障害が残りやすく,中央値7年間の追跡では正常な認知機能を維持していた患者は25%にすぎませんでした.海馬のCA2~CA4領域や歯状回の萎縮が関与すると考えられています.抗IgLON5病は一時的に安定しても進行することがあり,嚥下障害や呼吸障害が生命予後を左右します.

特に注目したいのは,抗NMDA受容体脳炎では長期間の意識障害が必ずしも回復不能を意味しないという指摘です.9か月以上植物状態が続いた45例の国際共同研究では,中央値約5年間の追跡で62%が完全または相当程度の回復を示しました.一方,治療抵抗性の判定時期は研究によって2週間から39か月と大きく異なっていました.著者らは,免疫療法の効果が遅れて現れる可能性(!)を考慮し,早期に治療を無効と判断したり,回復の可能性を否定したりすべきではないと述べています.

また,「自己免疫性精神病」や「自己免疫性てんかん」といった包括的な診断概念にも再考を促しています.「自己免疫性精神病」は独立した疾患概念としての根拠が十分ではなく,可能な限り「抗NMDA受容体脳炎に伴う精神症状」のように原因疾患を明示すべきだとしています.また,「自己免疫性てんかん」についても,脳炎急性期に生じる症候性発作と,脳炎後に慢性的な発作再発リスクが残るてんかんを区別する必要があります.こうした症候群名だけでは,疾患ごとの病態や治療方針の違いを十分に反映できないという問題があります.

これまでは新しい自己抗体を発見し,原因不明の疾患を同定することが研究の中心でした.今後は,各疾患の自然歴,治療反応性,長期的な認知・社会機能を明らかにし,疾患特異的な予後予測や新規免疫療法の開発を進める段階にあるような気がします.「自己免疫性脳炎」という診断名は出発点であり,そこから抗体ごとの疾患特異的医療へ進むべきであるというメッセージが,本論文の核心だと思います.いずれにしても自己免疫性脳炎研究の近年の進歩は目覚ましく,2023年に編集させていただいた『自己免疫性脳炎・関連疾患ハンドブック(金芳堂)』についても,最新の知見を踏まえたアップデートの必要性を強く感じています.

Dalmau J, et al. Antibody-mediated encephalitides: distinct diseases with transdisciplinary implications. Lancet Neurol. 2026;25:1039–1052. DOI: 10.1016/S1474-4422(26)00290-5.

同じアミロイドβの蓄積でも,なぜ認知症の進行は異なるのか?―「隠れた状態にあるミクログリア」という新しい視点

アルツハイマー病(AD)では,脳内にアミロイドβやタウが蓄積しますが,同程度の病理変化であっても,認知機能の低下が速い人と遅い人がいます.この違いはなぜ生じるのでしょうか?これまで,APOEなどの遺伝的背景,脳血管障害,神経予備能などが関係すると考えられてきました.最近,新たな可能性として注目されているのが,脳内の免疫細胞であるミクログリアが「過去の炎症を記憶している」という現象です.この興味深い考え方を解説した総説が最新号のNature Reviews Neuroscience誌に発表されました.

まずミクログリアについてですが,脳内に常在する免疫細胞で,異常なタンパク質や損傷を受けた細胞を除去し,脳内環境を維持しています.ADでは,アミロイドβの周囲に集まる疾患関連ミクログリア(disease-associated microglia:DAM)が注目されています.DAMでは,TREM2,APOE,LPLなどの脂質代謝や貪食に関わる遺伝子の発現が増加します.これらの細胞はアミロイドβを密にまとめて周囲の神経組織への悪影響を軽減する場合がありますが,一方で炎症性サイトカイン,活性酸素,補体などを介してシナプス障害を促進することもあります.つまり,ミクログリアはその状態によって神経保護的にも神経傷害的にも働きます.

この総説でとくに重要なのが,「隠れた状態にあるミクログリア(hidden microglial states)」という新しい概念です.これは,過去の感染症や全身性炎症によってミクログリアに長期的な変化が生じ,炎症が収束した後もその影響が残っている状態です.興味深いのは,細胞の形態や通常時の遺伝子発現が正常に戻っていても,次の刺激に対する反応が変化していることです.図1では,感染や炎症によって活性化したミクログリアが,炎症の収束後に通常の状態へ戻る一方,一部の細胞にはエピジェネティックな変化や代謝の変化が残る仕組みが示されています.つまり,炎症が消失しても,ミクログリアが完全に元の状態に戻ったとは限らないということです.

この現象は「自然免疫記憶(innate immune memory)」と呼ばれ,2つの方向があります.ひとつは「訓練免疫(trained immunity)」で,過去の刺激によって次の炎症刺激への反応が増強されます.もうひとつは「免疫寛容(immune tolerance)」で,反対に反応が弱くなります.これは,過去の炎症によって,DNAの働きを調節する仕組みや細胞のエネルギー代謝が変化するためと考えられています.つまり,過去の炎症によってミクログリアの性質が変化し,炎症が治まった後もその変化が残るため,次に炎症が起きたときの反応が変わるということです.

図2では,通常のミクログリアと「隠れた状態にあるミクログリア」を比較し,平常時には同じように見えても,再び刺激を受けたときの反応が異なることを示しています.後者では,炎症応答が過剰になる場合もあれば,反対に減弱する場合もあります.では,このような免疫記憶はADにどのような影響を及ぼすのでしょうか?例えば,訓練免疫の状態になったミクログリアは,アミロイドβやタウが蓄積した際に,炎症性サイトカインや活性酸素,補体などを過剰に産生し,シナプス消失や神経回路障害を促進する可能性があります.一方,免疫寛容の状態では,アミロイドβの除去やアミロイド斑の緻密化が不十分となり,毒性のある可溶性オリゴマーが残存する可能性があります.つまり,免疫反応が強すぎても弱すぎても,ADの病態に悪影響を及ぼす可能性があります.

実際,マウスを用いた研究では,末梢の免疫刺激によって自然免疫の訓練や寛容を誘導すると,その後のアミロイドβやタウの病理が変化することが報告されています.これは,全身で起こった炎症が脳内のミクログリアに長期的な影響を残し,神経変性の進行を左右する可能性を示しています.ただし,これらの知見は主に実験モデルに基づくものであり,ヒトADにおいて,過去の感染症や炎症がミクログリアの免疫記憶を介して病気の進行を変えることが証明されたわけではありません.

今後の課題は,この「隠れた状態にあるミクログリア」をヒトで検出することです.通常の遺伝子発現解析では区別が難しいため,刺激後のサイトカイン産生や貪食機能,ヒストン修飾,細胞代謝などを評価する方法が検討されています.将来的には,脳脊髄液中の炎症関連分子やPET画像による評価も期待されます.治療面では,炎症を一律に抑制するのではなく,有益な貪食機能を維持しながら有害な炎症反応を調節することが重要になります.エピゲノムを調節する薬剤やTREM2を標的とした治療,ミクログリアの細胞治療などが提案されていますが,いずれも今後の検証が必要です.

今回の総説を読んで重要だと思ったのは,神経炎症を「現在どの程度炎症が起こっているか」だけで評価するのでは不十分かもしれないという点です.今後は「脳が過去にどのような炎症を経験してきたか」という時間的な視点も重要になる可能性があります.またこの考え方は,新型コロナウイルス感染症などのウイルス感染後に認知機能障害が生じる仕組みを理解するうえでも興味深いものです.実際,COVID-19罹患後には認知症の発症リスクが増加することが疫学研究で報告されています.その機序のひとつとして,ウイルス感染によってミクログリアに長期的な免疫記憶が形成され,その後のアミロイドβやタウに対する反応が変化する可能性が考えられます.とくに,すでにアルツハイマー病理が存在する人では,感染を契機に認知機能低下が加速する可能性もあります.ただし,これらは現時点では仮説であり,ヒトにおける直接的な検証が必要です.

Eggen BJL, Kooistra SM. Microglial states revisited: from homeostasis to disease. Nat Rev Neurosci. 2026;27:676–686. DOI: 10.1038/s41583-026-01066-w. PMID: 42477453.

第1回日本機能性神経障害(FND)研究会が開催されます!

帝京大学の園生雅弘先生を中心に「日本機能性神経障害(FND)研究会」が設立され,2027年1月16日(土)に第1回研究会が開催されます.

FNDは決して稀な疾患ではありません.しかしその診断や治療に関する理解はまだ十分に浸透しているとはいえません.また,適切な診療には脳神経内科だけでなく,精神科,リハビリテーション科,整形外科,総合診療科など,多くの診療科・職種の連携が欠かせません.本研究会は,こうした診療科の垣根を越えて知識や経験を共有し,FNDの診療と研究を発展させることを目指しています.

第1回研究会では,FNDの新潮流,精神科から見たFND,機能性発作,FNDの病態と治療,リハビリテーションなど,幅広いテーマが取り上げられます.私も「機能性不随意運動」について講演します.さらに,FNDの診断に重要な陽性徴候のライブデモンストレーションや症例検討も予定されており,実践的な内容となっています.詳しいプログラムは下記の画像をご覧ください.

【開催概要】

日時:2027年1月16日(土)13:00~17:40

会場:帝京大学大学棟2階 208教室(東京都板橋区加賀2-11-1)

参加費:医師2,000円,メディカルスタッフ1,000円,卒前学生500円

開催形式:現地開催のみ(Web配信なし)

本研究会は医療関係者を対象としています.参加には事前登録が必要ですが,研究会への入会はなくても参加は可能です(しかしぜひ入会もご検討ください).なお,参加登録にはm3.comの無料アカウントが必要です.

FNDの診療に関心をお持ちの医療関係者の皆様にとって,最新の知見を学ぶだけでなく,さまざまな立場の専門家と直接議論できる貴重な機会になると思います.ぜひ多くの皆様にご参加いただければ幸いです.

詳細・参加登録はこちらです.

http://japan-fnd-studygroup.kenkyuukai.jp/event/