評価しにくい「疲労」を3つの起源と5つの概念によって理解する

疲労(fatigue)は,多発性硬化症(MS),パーキンソン病(PD),アルツハイマー病(AD),脳卒中,自己免疫疾患,さらには感染後症候群など,あらゆる疾患に共通してみられる症候です.それは単なる「疲れ」ではなく,生活の質を著しく損ない,就労や社会参…

胎児を守る抗てんかん薬の選択――フランスにおける10年の劇的な変化

抗てんかん薬(antiseizure medications;ASM)は,てんかんのほか気分障害,慢性疼痛,片頭痛などにも広く用いられていますが,一部の薬剤は胎児に奇形や神経発達障害をもたらすことが知られています.フランスのEPI-PHARE研究チームは,全国母子レジストリ…

幕末志士たちに学ぶ,医師の「志」とは―日経メディカル連載『医師こそリベラルアーツ!』第13回が公開されました

「医師こそリベラルアーツ!」の連載第13回が,日経メディカル「Cadetto.jp」にて公開されました.これまで岐阜大学で開催してきたリベラルアーツ研究会のミニレクチャーを紙面上に再現したもので,医師・医学生の皆さんは,会員登録をすれば無料でお読みい…

機能性運動障害に対するリハビリのコツ ―Physio4FMD試験から学ぶ―

先日,機能性神経障害(FND)の患者さんをご紹介いただき,とくにリハビリの進め方についてご相談を受けました.適切にご説明するため,2024年にLancet Neurology誌に報告されたPhysio4FMD試験をあらためて読み直しました.この研究は,FNDに対する「脳の予…

「自己免疫性精神病」を独立した疾患単位とみなすべきではない!

Journal of Clinical Investigation誌の最新号に掲載された総説です.抗NMDA受容体脳炎の発見者であるJosep Dalmau教授らが,「自己免疫性精神病(autoimmune psychosis)」という概念を独立した疾患として扱うべきではないと明確に述べています. 著者らは…

進行性核上性麻痺の典型例Richardson症候群は均一ではなく,臨床的・病理的に多様性をもつスペクトラムである

進行性核上性麻痺(PSP)の典型型Richardson症候群(PSP-RS)は,2017年に策定されたMDS-PSP診断基準では均一な症候群として定義されていますが,米国Mayo Clinicのグループから実はそうではないのだとする報告がなされました. 著者らはMDS-PSP基準でprobab…

アデュカヌマブによるアミロイドβ除去は脳表近くに限られている!

アデュカヌマブは,アルツハイマー病に対してアミロイドβ(Aβ)を標的にした疾患修飾療法として開発されたモノクローナル抗体です.2015年にBiogen社とEisai社が共同で臨床試験を開始し,Aβプラークを大幅に減少させることがPETで確認されました.臨床的な認…

パーキンソン病は地球規模の環境病である―三大原因としての農薬,トリクロロエチレン,PM2.5―

パーキンソン病(PD)の患者数は世界的に急増しており,いまやパンデミックと呼ぶべき状況にあります.その要因の多くは遺伝ではなく環境にあると考えられています.Lancet Neurology 誌最新号に掲載された米国ロチェスター大学のDorsey教授らによる総説は,…

頭痛は単なる血管拡張や筋緊張ではなく,神経・血管・脳内ネットワークが連鎖的に反応して生じる!

頭痛の背後にあるしくみはとても複雑であることが分かりつつあります.Brain誌に発表された総説は,片頭痛,群発頭痛,発作性片側頭痛(Paroxysmal hemicrania)・持続性片側頭痛(hemicrania continua),そして後頭神経痛について,「どのように痛みが生ま…

お気に入りの「ハダカデバネズミ」の長寿の秘密,ついに解明!!ヒトの不老に道を開くか?

ハダカデバネズミという小さな地下げっ歯類は,生物学の常識を覆す不思議な生き物です.体重わずか数十グラムにもかかわらず,寿命は37年に達し,マウスの10倍以上です.しかも老化に伴う死亡率の上昇がほとんど見られず,自然発症のがんもほぼ存在しません…

知っておくべき睡眠医学の最前線@『BRAIN and NERVE』2025年10月号

特集テーマとして「脳神経内科と睡眠医学」を企画いたしました(https://amzn.to/4nLZPXZ).現代の臨床現場では,睡眠の質が神経疾患の発症や経過に密接に関わることが明らかとなりつつあります.一方,日本では睡眠医学を専門的に扱う神経内科医がまだ少な…

アルツハイマー病発症前の低レベルのAβ蓄積はむしろ脳にとってむしろ良いこと!?―ヒト・コネクトーム・プロジェクト研究―

先日のNHKの番組内で,アルツハイマー病(AD)の病因蛋白とされるアミロイドβ(Aβ)には善玉としての働き(ヘルペスウイルスに対する防御作用)があることが紹介されました.今回,Journal of Neurochemistry誌に米国ミネソタ大学から,Human Connectome Pro…

筋萎縮性側索硬化症に潜む免疫の異常:原因遺伝子産物C9orf72が自己免疫の標的に!!

筋萎縮性側索硬化症(ALS)はこれまで神経細胞の変性や病因タンパクの蓄積に注目して研究されてきましたが,近年は「免疫系の関与」が新たな焦点となっています.最新のNature誌に,ALSにおける自己免疫反応の存在を初めて明確に示した重要な報告がなされて…

レビー小体型認知症も検査だけで診断できる時代に入る!?

脳脊髄液αシヌクレイン・シーズ増幅アッセイ(αSAA)は,レビー小体型認知症(DLB)の診断における大きな転換点になるかもしれません.スペインの物忘れ外来に通院した640名(DLB 92例,アルツハイマー病;AD 337例など)を対象に,脳脊髄液αSAAの診断精度と…

PM2.5曝露はアルツハイマー病の進行を悪化させる:剖検602例の検討

先日,PM2.5とレビー小体型認知症の報告をご紹介しましたが(https://tinyurl.com/2b687mhg),今度はアルツハイマー病(AD)との関連です.米国ペンシルベニア大学の研究チームはJAMA Neurology誌に,大気汚染の主要成分であるPM2.5の曝露がADの病理変化お…

科学者たる医師は宗教にどう向き合うか@「医師こそリベラルアーツ!」連載第12回

「医師こそリベラルアーツ!」の連載第12回が,日経メディカル「Cadetto.jp」にて公開されました.これまで岐阜大学で開催してきたリベラルアーツ研究会のミニレクチャーを紙面上に再現したもので,医師・医学生の皆さんには,会員登録をすれば無料でお読み…

脳脊髄液オリゴクローナルバンドの意義 ―バンドの本数をどう解釈するか?―

オリゴクローナルバンド(oligoclonal bands:OCB)は,脳脊髄液にのみ存在する複数のIgGバンドのことで,髄腔内免疫グロブリン産生を示す指標です(図1上).多発性硬化症(MS)の診断において重要なバイオマーカーであり,「脳脊髄液に特異的なバンドが2本…

治せる認知症様症状―慢性硬膜下血腫の最新情報

慢性硬膜下血腫(cSDH)に関する最新の総説がNeurol Clin Pract誌に掲載されました.cSDHは,高齢化や抗血栓薬使用の増加により今後症例数はさらに増加すると予測され,2030年には成人で最も頻度の高い頭蓋内外科的疾患になると報告されています.臨床像は無…

複雑化した小脳性運動失調症を体系的に診断するアプローチ

近年の研究の進歩を反映して小脳性運動失調症の診断は非常に複雑化しています.家族歴のない40歳以降発症の進行性失調症をsporadic late-onset cerebellar ataxias (SLOCA)と呼ぶようになっていますが,そのなかには,FGF14遺伝子のGAAリピート伸長(SCA27B…

ALS患者が選ぶMAIDの実態と動機―カリフォルニアから見える課題

Medical Aid in Dying(MAID)という,知っていただきたいキーワードがあります.米国では「Medical Aid in Dying」と表記されることが多く,カナダでは連邦法の正式名称として「Medical Assistance in Dying(医療的臨死介助)」が用いられており,いずれも…

ついに実現した特発性正常圧水頭症に対するシャント手術の大規模ランダム化比較試験:PENS試験

特発性正常圧水頭症(iNPH)は,「歩行障害」「物忘れ」「排尿障害」を三徴とする疾患です.脳脊髄液シャント手術によって症状の改善が期待できる“治療可能な認知症”として知られていますが,その有効性をランダム化比較試験(RCT)で厳密に検証した研究はこ…

「脳卒中の巨人が見抜いた末梢神経疾患―Miller Fisher症候群」@Brain Nerve連載「原著・過去の論文から学ぶ」より

「Miller Fisher症候群」の患者さんが入院すると,若いドクターに,「病名の由来は,Miller Fisher先生?それともMiller先生とFisher先生?」と質問します(笑).答えは前者で,つぎに「Miller Fisher先生は脳卒中の大家ということは知ってた?」というと皆…

神経恐怖症から神経不安へ:医学生・医療者に広がる「不安」を教育でいかに克服するか?

「neurophobia(神経恐怖症)」という言葉があります.1994年にJozefowiczが提唱した有名な言葉で(文献1),医学生が「神経学を複雑で難しい」と感じ,恐怖・不安・嫌悪・無関心を抱く現象を指します.約半数の医学生が経験し,基礎課程では神経科学への恐…

多系統萎縮症患者に見られるFGF14リピート伸長の意義―進行が早いものの自己抗体を認めない症例の原因はこれか!?

多系統萎縮症(MSA)は,パーキンソニズム,小脳性運動失調,自律神経障害の多彩な組み合わせを呈する神経変性疾患です.以前はあまり診断が難しいとは思いませんでしたが,近年,MSAとしては進行が速かったり,非典型的な症候(ミオリズミア,水平方向眼球…

アミロイドβ抗体薬レカネマブの効果を再評価する ―オープンラベル延長試験データから見たTime Savedモデルの問題点―

アルツハイマー病の臨床試験において,治療効果を「何か月分進行を遅らせたか」という形で表現する“Time Saved”モデルがしばしば用いられてきました.一見直感的で分かりやすい概念ですが,私はこの解釈は本当に正しいのか?と学会等で疑問を呈してきました…

REM睡眠が7割を占めた過眠症;Ma2抗体関連脳炎と気づけるか?

Ma2抗体関連脳炎は稀な自己免疫性の傍腫瘍性神経症候群であり,視床下部が障害されると続発性ナルコレプシーを呈することがあります.今回紹介するスペインからの症例報告は,ポリソムノグラフィー(PSG)が診断の決め手となった一例です. 患者は72歳男性で…

大気汚染のPM2.5はαシヌクレインに構造変化を引き起こし,レビー小体型認知症を招く!!

Science誌に驚きの論文が発表されました.神経変性疾患において環境因子の存在は昔から指摘されていましたが,「このように関わっていたのか!」と衝撃を受けました.まず背景ですが,NHKの番組でもご紹介したLancet専門家委員会が提唱する「認知症の14の予…

「認知症克服のカギ」@知的探求フロンティア タモリ,山中伸弥の!?

緊張しながら放送を拝見いたしましたが,ご覧になった皆さまのご感想はいかがでしたでしょうか?認知症に関して,驚きの新しい情報も多く含まれていたのではないかと思います.私自身,VTRには論文を読むだけでは得られない説得力があり,NHKスタッフの方々…

Insular knife-cut signはヘルペス脳炎早期診断の切り札となるか?

ヘルペス脳炎は臨床的に重要なウイルス性脳炎であり,発症から治療開始までの時間が予後を大きく左右します.しかし,症状や検査所見は非特異的で,確定診断に用いられる脳脊髄液PCRも約5%で偽陰性を示すことが知られています.このため,臨床現場では「い…

ChatGPT時代の医師教育 :学びを支えるか,奪うかの境目は?

ChatGPTのような大規模言語モデル(AI)が,医療の現場にどんどん入ってきています.とても便利ですが,いいことばかりではありません.私自身,「若い先生の方がAIの影響を強く受けるのではないか」と漠然とした懸念を持っていましたが,先日読んだ New Eng…