「医師こそリベラルアーツ!」の連載第18回が,日経メディカル「Cadetto.jp」にて公開されました.本連載は,岐阜大学で開催しているリベラルアーツ研究会のエッセンスを紙面上に再現したもので,医師・医学生の皆さんは会員登録により無料でお読みいただけます.
今回の課題図書は,内村鑑三の古典的名著『代表的日本人』です.1908年に英語で発表された本書は,西郷隆盛,上杉鷹山,二宮尊徳,中江藤樹,日蓮という5人の生涯を通じ,日本の伝統的美徳を世界に伝えた一冊です.
私は米国留学時,「日本ではどうするのか?」「日本人はどう考えるのか?」と繰り返し問われました.そのたびに,自分の中にあるはずの「日本人」という軸を,十分に言葉にできないことに気づかされました.真の国際性とは,外国語が流暢なことではなく,自らの拠って立つ価値観を自分の言葉で語れることなのだと思いました.その意味で本書は,「そもそも日本人の精神性とは何か」という問いに立ち返るための,極めて優れた教材です.
本書の核心は,周囲の評価ではなく「天命」に従う生き方にあります.やりたいことではなく,「やるべきこと」を引き受けるという姿勢です.このとき人は,他者からの評価や体裁ではなく,自らの内面と向き合わざるを得なくなります.その過程で,自分の不完全さや限界をも引き受ける覚悟が問われます.とりわけ,上杉鷹山が示した「自らの不完全さを認め,隠さずに引き受ける」あり方は,現代でいう「オーセンティック・リーダーシップ」に通じます.リーダーが弱さを開示することで組織に心理的安全性が生まれ,対話と創意工夫が可能になるという視点は,医療の現場においても極めて示唆的です.
また,2024年に出版された『藤原正彦の代表的日本人』も併せて紹介しました.藤原氏が,日本人の美質の根底にあると説く「惻隠(そくいん)の情」,すなわち相手の立場に立って心を寄せ,その身になって思いやる姿勢は第15回で取り上げたエンパシー(empathy)の考え方に通じますが,効率や論理が優先されがちな現代においてこそ,社会や政治,そして医療に最も求められる徳ではないでしょうか.
本書が示す日本人の精神性は,決して過去の遺産ではありません.「やるべきこと」を引き受け,自らの不完全さと向き合いながら,他者への思いやりを実践する.その姿勢こそが,専門性を支える倫理的基盤となり,医療の質そのものを形づくるのだと思います.ぜひご一読いただければ幸いです.下図は今回取り上げた4冊の書籍と,内村鑑三と上杉鷹山です.
次回は,岩崎夏海氏のベストセラー『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』を取り上げ,組織とマネジメントの本質について考えます.