教科書のデルマトームは正しくはない ―驚くべき皮膚感覚マップの作成の歴史―

明日22日放送のNHK#あしたが変わるトリセツショー」の「しびれ」の特集で,腱反射や #デルマトーム を用いた診察の考え方について紹介をさせていただきます.デルマトームとは,1本の脊髄神経(後根)が支配する皮膚感覚の領域のことで,語源はギリシャ語のderma(皮膚)と-tome(切る,区分する),つまり「皮膚を神経ごとに区分したもの」という意味になります.医師はこのマップを用いて,どこに「しびれ」の原因があるのか探っていくわけです.

番組制作の過程でディレクターさんから「デルマトームのいろいろな図が出てきますが,どれを用いるのが適切でしょうか?」とのご質問があり,根拠ある回答ができず文献を探しました.ニュージーランド・オタゴ大学解剖学教室のMark D.Stringer教授らは,デルマトームという神経学の基本概念が,実は十分なエビデンスに基づかずに長年教科書化されてきたことに疑問を投げかけ,過去の文献を体系的に再検討した総説を2008年に発表していました.具体的には,複数のデルマトーム図を比較するとともに,各原著論文における方法論と信頼性を評価していました.

結果として,デルマトームは主に3つの古典研究に依存していることが分かりました.図1はFoersterによるデルマトーム図であり,20世紀初頭に行われた後根切断術による治療症例を基に書かれています.本当に驚きましたが,人体において単一の神経根(後根)を残した状態で残存感覚領域を同定したわけです.具体的には対象となる神経根の上下2本を切断して調べたようです.対象は脊髄癆などによる難治性疼痛や重度痙縮患者です.方法は侵襲的であり,現代の倫理基準ではとても許容されない人体実験ですが,ヒトにおけるデルマトーム同定としては最も厳密な手法と言えます.Foersterは,デルマトームには顕著な個人差があること,隣接するデルマトームが広範に重なり合うこと,さらに(C2を除き)単一神経根の切断では明確な感覚脱失が生じないことを報告しました.

図2はHeadとCampbellによるデルマトーム図であり,20世紀初頭に多数の帯状疱疹患者を観察し,皮疹の分布から責任神経根を推定する方法に基づいて作成されました.とくに胸部においては,多数例の臨床観察を通じて比較的一貫した皮疹分布を示したことから,体幹部デルマトームの理解に大きく貢献しました.一方で,帯状疱疹では隣接する複数の後根神経節が同時に侵されることがあり,また皮疹が必ずしも単一神経根の全支配領域を反映するとは限らないため,個々の症例における責任神経根の同定には不確実性が残るとされています.

図3はKeeganとGarrettが椎間板ヘルニア患者における神経根圧迫例を基に,感覚低下や放散痛の分布からデルマトームを推定した図(1948)です.四肢において脊柱から末梢へ帯状に整然と連続する配置を示した点が特徴で,視覚的に理解しやすいことから,多くの解剖学・臨床教科書に長く引用されてきました.しかし,本図は主として神経根圧迫という病的状態から推定されたものであり,実際には圧迫の程度や範囲が症例ごとに異なること,複数神経根が同時に影響を受ける可能性があることなどから,再現性に乏しいことが指摘されています.その後の手術所見や選択的神経根ブロックを用いた研究では,個人差や隣接デルマトームの広範な重なりが確認され,KeeganとGarrettが示したような明瞭で非重複的な帯状分布は支持されない(!)ことが明らかとなりました.

こうした検討を踏まえて著者らは,信頼性が高いと判断された研究のみを統合し,新たなデルマトーム図を作成しました.それが図4です.この図は,「最も一貫して観察される中心領域」のみを色で示し,重なりや個人差が大きい部分はあえて空白として残しています.この表現により,デルマトームは境界が明瞭な固定領域ではなく,確率的に重なり合う分布であることが視覚的に示されています.とくに下肢では,L5やS1などのデルマトームは比較的共通した分布を示すことが多く,臨床的にも一定の再現性があります.これに対し,頸部や手指では複数の神経根からの支配が強く重なり合っており,個人差も大きいため,感覚障害の分布から単一の神経根を正確に同定することは容易ではありません.

この論文の最も重要なメッセージは,デルマトームを「個人差や重なりのない,きれいな帯状の地図」として理解することは必ずしも適切ではない,という点です.患者さんの感覚障害が,必ずしもデルマトームどおりに現れないことがありうると知っておく必要があります.さらに,実際の臨床から学び,教科書の記載を無批判に受け入れない姿勢の重要性も学びました.

Lee MWL, et al.An evidence-based approach to human dermatomes.Clinical Anatomy 2008;21:363–373.PMID: 18470936.