脳の治療の常識を覆す:血液脳関門を回避する頭蓋骨からのドラッグデリバリー

COVID-19のパンデミックは大変な出来事でしたが,一方でさまざまな科学の発展をもたらしました.そのなかで強く印象に残っているのが,2023年に報告された「頭蓋骨―髄膜結合(もしくは頭蓋骨―髄膜マイクロチャネル)」の発見です.頭蓋骨骨髄(造血ニッチ)に感染したコロナウイルスが,この通り道を介して脳内に到達し,スパイク蛋白を放出することで,持続的な神経細胞障害が生じうることが示されたわけです(図1はPMID: 37562402より).

この脳への「通り道」の発見は画期的で,私もブログでも何度か取り上げ,診断や治療の新たな標的になりうるのではないかと述べてきました.そしてその予想どおり,この経路を治療に応用した研究が,ついに中国から,しかも脳卒中を対象として Cell 誌に報告されました.この研究は,中枢神経疾患治療における長年の課題であった血液脳関門を「どうやって突破するか」という難問を,「そもそも通らない」という発想の転換によって乗り越えるものです.

著者らは,薬剤を搭載したアルブミンナノ粒子を頭蓋骨骨髄内に直接注入(!)し,頭蓋骨由来免疫細胞に薬剤を取り込ませ,それを脳病変へ運ばせるという戦略を考案しました.図2で,この新しい概念を解説します.左側では,頭蓋骨骨髄内に注入されたナノ粒子が,好中球や単球などの免疫細胞に取り込まれる様子が示されています.そしてナノ粒子を取り込んだ免疫細胞が,血液脳関門を通過することなく,頭蓋骨―髄膜結合を経由して脳へ向かう様子が描かれています.そして右側では,脳梗塞などの病変部位に集まった免疫細胞が,神経細胞に薬剤を届け,治療効果を発揮することとヒトへの臨床応用が示されています.

まずマウス脳梗塞モデルを用いた実験では,神経保護薬(ペプチド)であるネリネチドを搭載したナノ粒子を用いることで,従来の静脈投与の約15分の1という少ない投与量にもかかわらず,脳梗塞体積の縮小,脳浮腫の軽減,神経機能の改善を認めています.さらに,MRI や行動試験を用いた長期評価でも,脳萎縮の抑制や生存率の改善が示されており,単なる薬物到達性の向上にとどまらない,持続的な治療効果が確認されています.

さらに注目すべき点として,著者らは悪性中大脳動脈梗塞患者を対象とした探索的臨床試験(SOLUTION 試験)も実施しています.頭皮を切開し,頭蓋骨外板のみに小孔を開けて骨髄腔へ薬剤を投与する方法が試されています(図3).そして内板や脳実質を損傷しない手技であることを CT により確認しています.手技は30分ほどの短時間で実施可能で,頭蓋内出血や感染などの重篤な合併症は有意に増加せず,安全性は概ね許容範囲と評価されました.症例数は限られるものの,神経学的改善を示す症例は,この頭蓋骨骨髄内投与(intracalvariosseous injection;ICO)群(!)で多く認められ,本アプローチがヒトにおいても現実的に実施可能であることが示されています.

本研究は,免疫細胞を単なる炎症の担い手としてではなく,「治療を運ぶ存在」として捉え直した点で,極めて独創的・革新的です.将来の神経診療では,「ICO 投与」という初めて耳にする言葉が特別なものではなく,ごく自然に使われる時代が来るのかもしれません.脳卒中にとどまらず,今後は神経変性疾患や炎症性疾患への応用も期待されます.中国の科学力の高さを,改めて実感させられる研究です.

Gao X, Liu X, Wang N, et al.Nanoparticles hijack calvarial immune cells for CNS drug delivery and stroke therapy.Cell.2026;189:1–15.PMID: 41547354.  https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.12.008

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